NOLの正体

アメリカの所得税法上に NOL(net operating loss)という概念があります。基本的には事業で発生した純損失です(例外は多少ありますが)。ただ確定申告(tax return)との関連でいうと、むしろ繰り戻し(carry back)や先送り(carry forward)することで、他の年の通常所得と相殺して、税金を節約できるありがたいもの、として人々に記憶されているようです。

Publication 536 (2008), Net Operating Losses (NOLs) for Individuals, Estates, and Trusts に従って、形式的にある年に発生した NOL を定義すると、以下のようになります。

Form 1040 Line 41 は、項目別控除または標準控除の後で、Exemption の前の所得ですが、これがマイナスになっている場合に NOL が存在する可能性があります。この数字がそのまま NOL になればわかりやすいのですが、NOL は原則として事業で発生した純損失ですから、ここに至る前に差し引いた非事業性の控除を足し戻さなければなりません。こうした計算は Form 1045 で行います。

NOL を計算するにあたり、足し戻さなければならない控除は次のようなものです。

  1. 純キャピタルロス
  2. NOL 控除
  3. 国内生産活動控除
  4. 適格小規模事業者株式の売却または交換から発生した利益の50%にあたる 1202 条所得不算入
  5. 非事業控除マイナス非事業所得

キャピタルロスは、そもそも事業用資産の売却からは生まれませんから、非事業性といえます。(1231条事業用資産の売却損はやはりキャピタルロスではなく通常損失として扱われます) 他の年から持ってきた NOL をさらに当年度の控除に使うのは一種の二重計上になってしまいますから、これも当然ですね。国内生産活動控除は、アメリカ国内で活動する小規模事業者向けの優遇税制です。甘やかしすぎは良くないということでしょうか、国内生産活動控除と1202 条所得不算入という小規模業者向けの優遇税制は、NOL の計算には使わないようです。

非事業控除マイナス非事業所得は当然ですね。ただし、非事業控除の中身に注意が必要です。たとえばつぎのようなものです。

  1. 離婚手当
  2. IRA 積立金
  3. HSA 控除
  4. Archer MSA 控除
  5. ほとんどの項目別控除(だたし、災害盗難損失、事業利益に対する州所得税、従業員事業控除を除く)

ここで、面白いのは、災害盗難損失がたとえ個人的なものであっても、とにかく全部非事業控除からはずしてしまうのです。これはどうしてでしょうね・・・家を失ったりとかすると大きな金額の災害損失が発生するかもしれません。これが非事業だからといって、他の年の所得を相殺するのに使えないのはあまりに気の毒だと立法者が思ったのでしょうか。

こうして、Exemption 直前の所得に上で説明した NOL の計算に使えない控除を足し戻したものが、NOL になります。これは事業で発生した純損失にほぼ相当しますが、この場合の「事業所得」には給与等を含むます。(投資所得(例:受取利息)は含みません)

こうやって、発生した NOL は原則、2年間繰り戻し(carry back, CB)し、20年間先送り(carry forward, CF)することができます。

ただ、たとえば災害盗難損失から発生した NOL は3年繰り戻しできる、という風に NOL の発生原因ごとに繰り戻し可能期間に例外があります*1

繰り戻ししたときは税額を再計算して、安くなった分を還付することになるのですが、繰り戻されたNOL は above the line で控除されることに注意が必要です。つまり AGI が小さくなるので、項目別控除を行っていた場合、AGI の閾値が下がり項目別控除も大きくなるので、NOLの分以上に課税所得が小さくなることがあります。税額の再計算や還付の申告にも普通 Form 1045 を使うようです。

しかし繰り戻しって不思議だなあ。おそらく日本にはない制度でしょう。過去の税務申告を書き換えてしまうわけですから、他の税務申告や社会保障費等の計算にいろいろ影響が出ないのかちょっと心配ですが、きっとうまくやっているのでしょうね。やれやれ。

*1:でも災害盗難損失ってどうやって計算するんだ?たとえば、NOL が $2,000 で災害盗難損失控除が$5,000 であった場合、この年の NOL はすべて災害盗難損失起源となるのかしら?